もうはまだなり、まだはもうなり

アラサー会社員が綴る日々の思うことと備忘録など

かれこれ社会人歴が8年となりました。

30sになりいろいろ思うことはありますが、最近は目隠し風俗にはまっています。

私が女性を目隠しするのではなく、私が目隠しされる側です。

女性が部屋に入る前に目隠しして、そのままプレイして、女性が出てから目隠しを外します。

 

女性が見えないので、正直当たりとかはずれとかあんまりありません。外見は不明。最近、仕事が忙しいわけでもないのですが、給料もすごい上がって、残業もなくて、家族も健康でこれ以上の幸せとかないと思うんですが、全然現状の自分に納得していないというか、ものすごい人生的にくすぶってる気がしていて、新しいことにチャレンジしていたら、はまってしまいました。

 

プレイがいいというかそういうことではなく、顔が見えない風俗嬢にめっちゃ愚痴を言ったり、悩んでいることを言ったりしています。なんというか視界はゼロなのに、自分の心はすごくオープンになれるんですよね。私はあんまり人に弱音とか悩みとか相談しないんですけど、目隠し風俗であう女性には全力で弱音はいてます。

 

いろんなことで調整をとっていかないと、とても長生きできる気がしないので、これからもいろいろやりながら生きていきたいと思います。というか、風俗にどはまりしているのが人生がくすぶっている理由かもしれません。

 

P.S. くっそまじめな社会人観とこれからの自分の生き方と現状でのダメな点について、まとめようと思ってPCの前に2時間いましたが、まとまらなかったので、3分くらいで上記の内容を書きました。

 

みんなで行こう!目隠し風俗へ!

クラッカーの使い方

今、風呂から出てストレッチして、急に思い出したことがあります。

 

クラッカーってあるじゃないですか。あのお誕生日とかに使う音とか紐とかの出るやつです。

 

昔、某ハプニングバーに行った時、ある女性に話しかけられました。その女性はクラッカーの紐の方を女性器に入れて、ぼくに、本体の部分を引っ張ってほしいと言ってきました。改良されたクラッカーで、紐に何かを巻きつけ、その何かを女性器にいれていました。その女性は40歳くらいの細身の方で、ぼくは快諾しました。

 

ぼくは緑のクラッカーを引っ張りました。紐の部分のずっしりした安定感を覚えながら、パンって、音だけがなりました。

 

 

 

 

 

 

 

夏と満月とブルセラ

今年の夏は雨が多かったが、この日はとても晴れてて夜の20時になっても汗ばむほどであった。

 

僕は新宿の街を歩いていた。新宿は人ごみがすごいこともあってあまり好きではなかった。でも、この日はちょっとした用事があったので仕方なくきたのである。用事をすませたあと、少し街を彷徨った。

 

少し繁華街から外れると、人ごみも減ってきた。駅周辺の華やかなビルとは比べものにならない、古くて低いビルが肩を寄せ合って建てられている。みんな灰色で、築20年はゆうに超えてる。

 

そんな古いビルの入り口に、レコード屋の看板があった。緑やオレンジの原色を多用して、目がチカチカした。レコードなんて聞いたことないし、ターンテーブルもないけど、それとなくそのビルに吸い込まれて、二階のレコード屋に入った。店員は常連の客と話しており、店内には低音が鳴り響く。ぼくは、案の定、どうしたら良いかもわからずちょろっとレコードを見て店をでた。

 

この雑居ビルって他にどんな店舗があるのか、もしかしたら、ヤグザの事務所だったりしてといった無駄な好奇心が働き、階段で2階から3階に登った。

 

その三階には店名と営業中と書かれた看板があるだけだった。その扉は一面灰色で、中を見るためのガラスもなく、なんの店かすらよくわからなかった。でも、長年の勘から、この店の醸し出すこの雰囲気は堅気ではないとすぐにわかった。

 

すぐさま、ポケットから携帯を出して、その店名を調べた結果、すぐにわかった。そこがブルセラショップだと。

 

ブルセラショップとは

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ブルセラ

 

ブルセラショップの存在は知ってたものの、入っことがなかったぼくは、少し躊躇した。しかし、緊張しながらその重い扉を開けた。中に入ると、思ってたより広くて、明るい。店内はビニールカバーに入っている制服がたくさん掛けられていた。

 

入ってすぐに見える店員さんは60を越えたであろう初老の小太りのおじさんだった。デニムのエプロンをしてて、昔よくミニ四駆を買ったおもちゃさんのおっちゃんを思い出させた。ここにはミニ四駆ハイパーヨーヨーの代わりに女の子の制服や使用済みの下着が販売されているのである。

 

ぼく以外には客が2人ほどいた。二人とも真剣に下着を物色している。このコーナーが一番の売りなのか面積が広い。

なので、ぼくもそのコーナーに行って見た。透明のプラスチックのケースには、女の子がスカートを上げた写真とともにその子が履いていたパンツが入っていた。もちろん、未洗濯のものである。

もうなんだかよくわからん気分になって、いろいろ物色をした。500個(枚)はあるであろうパンツを、写真とパンツを見ながら。くそブスもいれば、えっまじかわいいって子までいる。とりあえず片っ端からチェックしていく。ちょっとかわいい子がいた。えりかちゃんである。下着は黄色でレース。

 

ぼくより先にいたお客さんたちは、どうやらお目当のパンツを決めたみたいで次々と購入して行った。

 

もうここまできたら、ぼくも買わない手はないなと思い始めた。たぶん、夏のせいである。ぼくは、えりかちゃん下着姿でこちらに微笑んでいる写真とパンツが入った箱を持っておっちゃんのとこに行く。中学生の時にエロ本を買った時ばりに緊張した。

 

ちなみに、値段は4000円である。高い。いや、高い。でも、買う。

 

それからビルを出る。さすがに持って帰るのも気がひけたので、駅のトイレで開けてみた。とりあえずにおいをかいだ。

 

えもいえない、酸っぱいにおいがした。

うーん。あーあ。女の子の服の甘い匂いと酸っぱい香りが混ざってる。あー。ひょー?イイカオリ、ナノカ?コレガメスノカオリ?オシッコのカオリ?

 

パンツをスンスンしながら、これは超えてはいけない一線かもしれないとふと我に返った。客観視して、トイレにパンツを置いて行く決断をする。ぼくは電車に乗って、帰路に着いた。

 

最寄駅に着くと、いくらか涼しくなっていた。なんだか清々しいきぶんで、空を見ると満月だった。えりかちゃんのパンツと同じ色の月だった。ありがとう、お月さま。

 

さて、妻と子供の待つ家に帰ろう。

 

 

 

幼児に英語を学ばせたいか。

  私には2歳の娘がいます。先日、同年代の子供を持つ友人から、習い事を何させるかという話になりました。私は特にまだ何も考えておりませんでしたが、他の友人からも習い事の話を聞くと、小さいころから英語を勉強させたいと思っている親が多いようです。少しネットで調べると子供用の英語塾やディズニーの教材等、幼児・子供用の英語教育ビジネスはあふれていました。

 確かに、英語ができる人(例えば、帰国子女)には憧れます。高校生の時、初めて帰国子女と出会い、英語の発音のきれいさや流暢さに驚くと共に、自分の文法も滅茶苦茶なカタカナイングリッシュを恥じました。当時は、英語ができるなんて超すげぇし、クソモテるじゃんって羨望のまなざしでした。
 それもあってか今では理由は思い出せませんが、高校生くらいから、駅前留学したり、留学したりして、真面目に英語の勉強をしました。でも、全然上達はしませんでした。人よりほんのちょっとできるとかそんなレベルです。今は仕事で英語を使う環境におり、毎日悪戦苦闘しております。

 かといって、自分の子供を幼児から英語の勉強をさせて、英語をしゃべれるように教育したいかというと、そうでもないなーと思っています。

①英語の必要性がやや疑問説
確かに英語ができた方が、人生において色々選択肢が広がるかもしれません。でも、英語を使う場面ってそんなにありますか?みなさん、今まで日本で普通に暮らしてきて、英語で出来なくて困ったことってあります?大体の人にとっては英語を使った仕事にはつかないと思います。海外旅行でもまあそんなに英語が出来なく困ることもないような気がします。色々知りたいことがあったとしても、大体の情報は日本語で書いてありませんか?教科書だって専門書だって日本語に訳されているものもありますよね。
ほしい情報は英語しかないとか、海外の大学で勉強したいとか、そういった目標が明確になってから、英語の勉強を真剣に始めればよいと思います。
なので、幼少期から、英会話教室に通って「I wannabe a great soccer player!」とか言っている暇があれば、英語なんてやらないでサッカーの練習したほうが夢が広がりませんか?

②幼少期に英語をマスターさせるための労力が多大説
 よく知りませんが、英語をマスターさせるには2000時間かかるようです。幼少期の場合は、吸収が早いので、もっと短いようです。でも、週に数時間の英語教室では、時間、足りなくありませんか?家にいる間はずっと英語のDVDでも流しているのでしょうか?子供は親からも言葉を学びます。親と子供も英語で話すのですか?その反面、母国語である日本語の勉強の時間減りませんか?多分、親も相当な覚悟を持って英語の勉強をさせないと、語学なんて使わないとどんどん忘れていってしまい、幼少期の英語の勉強にかけた時間やお金があっという間に水泡に帰す気がします。

③ITの進展に伴い、語学の壁がなくなる説
 英語を学ぶ目的って、そもそもコミュニケーションすることや情報を得ることだと思います。近年、ITの進歩はすさまじいもので、最近のgoogle翻訳は、精度が上がってきており、和文英訳も、英文和訳も結構それっぽい感じになります。今は文字ベースでしか対応しきれていませんが、10年後には、音声の同時通訳アプリがiPhoneに標準搭載されているかもしれません。それくらいITの発展はすさまじい気がします。高校生(15年くらい前)の時に使っていたエキサイト翻訳もすごいと思っていましたが、今のgoogle翻訳はもっとすげえ。だから、幼少期に一生懸命勉強したけど、大人になる頃には、英語のスキルが一般化され、その価値が暴落する可能性はリスクとして残ると思います。

 

 先日、Eテレの英語番組の毎朝見ていただけの娘が、突然「I’m (自分の名前).」としゃべりだして、うちの子は神童に違いないと思い、考えが覆りそうになり、ディズニーの英語教材を申し込もうと思いました。でも、英語なんてただのコミニケーションツールでしかないし、幼少期にやらないことってもっと他にあるよねと考え、辞めました。

そんな矢先、娘より「おとーたん、うんこ。」

「そうだね、まずは綺麗な日本語を勉強しようね。」

I had my wisdom tooth pulled out.

親知らずのうち下の二つともが虫歯になり、かなり痛むようになったので、ついにその一つを今日抜きました。

 

私の場合、下の親知らずは両方とも歯茎の中にほとんど埋まってるため、大学病院で手術でしか抜けなかったので、会社休んでいってきました。

 

痛みとかにめっぽう弱い私は、歯茎に麻酔をするタイミングビビって貧血気味になり、クラクラ、ハァハァしました。完全にビビりでした。

 

無事に20分くらいで抜けたので、手術自体はそんなに痛みもなく、思ってたより大したことありませんでした。虫歯のあたりは麻酔がなかなか効かず、大量に投与してもらいました。

 

今日一番勉強になったのは、親知らずって正式には智歯(ちし)っていうらしいってことです。英語でwisdomtoothっていうのは知ってたけど、完全に英語を訳しただけでは?

 

ちゃんと歯は磨きましょう。

屋久島での出会い

実は、昔、住んでた埼玉から屋久島まで、自転車で行ったことがある。大学三年の頃になんとなくテレビで見た屋久杉を実際に見るために、その年の夏休みをフルに使って旅に出た。 

 

自転車で一ヶ月もかけて屋久島にたどりついたぼくは、観光案内所に向かっていた。確か16時くらいで、太陽は落ち始めてたけど、まだ明るい夕暮れだった。プレハブの観光案内所には、(ピークのシーズンでもなかったし、平日だったこともあって)暇そうなおばちゃんしかおらず、そこで安い宿を探してもらったり、屋久杉の観光ルートを相談していた

 

 

そこに、1人の女性が案内所に入ってきた。年齢は、当時のぼく(21歳)よりは少し上めで、登山帰りの格好をしていた。大池さんと言うらしい。その女性も混じって、いろいろおばちゃんから話を聞いた。どうやら大池さんは、この付近で美味しい夕飯を食べれるところ探しているようで。おばちゃんから、17:30分から向かいの居酒屋で美味しい刺身が食べれると紹介されていたので「ぼくも一緒に行っていいですか?」という感じで、一緒に行かせてもらうことした。お店が開くまで時間があったので、2人で外に出てスーパー(Aコープ)に行ったりして、自己紹介したり旅の話をしてたら、あっという間に開店の時間になった。

 

大池さんは、東京に住んでて、ぼくより5歳年上の26歳。信用金庫に勤務してて、夏休みを利用して1人で屋久島に来たそうだ。ぼくより2日前に泊まってる屋久島に来てて、明後日帰るらしい。一人旅が好きでよくふらっと出かけるそうだ。肩くらいまであるやや茶色の髪は軽いパーマが当てられていた。いい意味で健康的な体つきだった。

 

お店が開く時間になって行ってみると、既に3組の客が入っていた。ぼくたちは、オススメの刺身定食を頼んだ。しかし、このお店、出てくるのがすごい遅かったのである。6時をすぎたころ、壮大なボリュームの刺身定食が提供された。首折れ鯖とかトビウオとか、あと、亀の手ってやつが美味しかった。

食事を食べ始めると大池さんが何度も時計を見ていることに気がついた。居心地悪いのかなと思ったけど、聞いてみると泊まってるホテルへの路線バスが6時20分で最終となってしまうらしい。テーブルの上のお刺身定食をみるにどう考えても、その時間までに食べ終わることは無理であった。

 

大池さんは開き直って、「もー間に合わないから、ゆっくり食べよう!」と言ってマグロの刺身を食べていた。それから、1時間くらい色々話してお店を出た。とりあえず、ぼくも大池さんも恋人はいないことがわかった。

 

どうやって帰ろうかなという大池さんに、冗談半分でヒッチハイクでもしてみたらどうですか?と提案した。それいいかもと言うことで、試しにぼくが路側帯に出て左手をあげた。夏とはいえ、夜も七時になると真っ暗である。そしたら、なんと奇跡的に5分くらいして一台の車が止まった。人生初のヒッチハイク、大成功。止まった車のトビラを開けて、大池さんが車に乗った。

 

ぼくは、その夜はその食堂の近くのおばちゃんの家みたいな宿に泊まる予定になってたので、それじゃあと彼女に言った。正直彼女ともっと色々話したかったけど、引き止める理由もなかったので、「またどこかで。」なんて気取って言った。

 

ところが大池さんは「1人で乗るの怖いかも。」と。運転手のおじさんも「早くにいちゃんも乗りなさんな。」と言うことで、何かの縁だなと成り行きに身を任せて車に乗った。

 

車には親子が乗っていた。お父さんと息子。息子は小学校低学年くらいで、この男の子が止まってあげてと提案してくれたことで、ぼくの最初で最期のヒッチハイクが成功したようだ。この男の子から、ポテロングをもらった。いいやつだった。今頃、多分素直ないい子に育ってるでしょう。車を10分ほど走ったところで、大池さんの泊まっているホテルに着いた。僕たちは御礼を言って車を降りた。

 

それから2人で少しホテルの周りを散歩した。そして、バスがこないバス停のベンチに2人で座り、また少し話した。予約した宿に戻るのはおそらく無理なので、野宿をするつもりだったぼくに対して、大池さんは「私の部屋で、シャワーだけでも浴びる?」と。少しびっくりした。これはアレな展開なのか?あれれー俺たち付き合ってないよねー?もう?いいの?年上のおねーさんは違うなぁ。と

 思い「えっ、いいんですか?」と返したあと、「あー、でも、部屋汚いからあげられないやー。」と。下心が読まれたのかな。それから、大池さんは、部屋にあるポカリとか虫除けとかお菓子を持って来てくれて、自分の部屋に帰ってしまった。それから一人でそのバス停に寝ていたら、散歩中の犬に飛び乗られたり、夜中に警察に職質されたりした。

 

東京に帰って、何度か大池さんとデートした。山に登りに行ったら、公園行ったら、飲みに行ったり。でも、ぼくは学生だったしなんとなく付き合う感じではないまま、自然と会わなくなってしまった。告白してたら、どうなってたかはわからないけど、なんとも甘酸っぱい思い出である。

 

この間、ラインの友達かもに大池さんが表示されてたのを見つけた。アイコンは二人の子どものだった。「元気ですか?」って打って送信せずにラインを閉じた。

もう仕事に疲れたので、会社を2日連続でサボった。

昨日(月曜)と今日(火曜)と2日間連続で会社サボった。今、部全体として割と忙しくてこのタイミングで休むとか社会人としてどうなのかって思うんだけど、くそみたいな仕事のせいで、精神が参ってるみたいだから、そんなの関係ねぇって感じで休んでやった。It doesn't matter!

 

実はここ最近毎日仕事に対する不安を抱え、土日も仕事のことを考えては憂鬱な気分になり心が休まらず、職場では手汗足汗が止まらない状態になってしまっているのである。多分、自律神経とかおかしくなってるのでしょう。認知行動療法ってのを勉強しているところ。ストレスと向き合わなきゃいかん。

 

とりあえず、なんも考えずにやりたいことやろうと思って、昨日はピンサロとヘルスをはしごした。最高だった。それから漫喫でワールドトリガーを一気読みした。夕飯食べてからマッサージにも行った。

 

本当は今日は会社に行こかと思ってたけど、朝起きたら会社に行く気分じゃなかったので、また休んだ。会社に休みの連絡入れたあとってなんであんな清々しいのだろか。それで、朝からまたヘルスに行って、昼に寿司食べて、今スーパー銭湯に来ている。昼間っから露天風呂に入って、仮眠所でダラダラしている。平日なのにものすごく混んでるんだけど、みんな何者なんだろうか。若い人も多いし。

 

しかしまぁ、多分明日会社行ったら怒られるか嫌味は言われるだろう。でも、仕方ないんだよ、多分無理したら潰れちゃうんだよ。俺、いつでも心に余裕を持って生きてたんだけど、なんだか最近毎日余裕がなくて、すごく辛いんだよなぁ。男の更年期なのだろうか。

 

なんにせよ、明日は会社に行くぞ。明日休んだら社会復帰はできなくなる気がしてる。完全にダークサイドに落ちてしまう。二日間楽しかったし、また頑張りましょう。

 

みんなも辛い時は会社休むといいよ。体や心がおかしくなる前に休息は必要だよ。